経営の神様と呼ばれた松下幸之助は
「どんな経営でも、適切な人を得て初めて発展していく」と述べているように、
「企業は人なり」は経営の真理ともいえる。
「超売り手市場」と呼ばれる現在の採用市場において、
中小企業における、企業成長のための自社に適した優秀な人材の確保は非常に困難な状況となっており、
重要な経営課題となっている企業も多い。
今回は、改めて「採用活動」について研究することで、
今後の自社で取り組んでいくべき課題を明確にしたいと思う。
中小企業における採用活動の現状
一般的な採用人材の分類は「新卒採用」と「中途採用」に分けられる。新卒採用では就職経験のない若い人材を登用できるため、自社のやり方・理念に沿った人材を育てることが出来るが、採用コストや教育コストが多くかかってしまう。一方で中途採用においては、即戦力での登用が期待できるが、会社の方針にアジャストするのに時間がかかったり、自社のやり方に合わず退社されてしまったりなど、結果採用コストが余分にかかる場合もある。
また、採用の方法については「ハローワーク」「求人誌・フリーペーパー・折り込みチラシなどの紙媒体」「採用ポータルサイトの活用」「自社サイトの活用」「SNSの活用」「人材紹介会社の活用」「学校訪問」「就職説明会」「ヘッドハンティング」や「リファーラル(紹介)」などがある。各媒体の利用者属性・特徴を把握したうえで活用を検討する必要がある。
2019年2月に厚生労働省が発表した「一般職業紹介状況」によると、2018年12月の新規求人倍率は2.41倍、有効求人倍率は1.63倍、となっている(参考1)。また株式会社リクルートが2018年4月に発表した大卒求人倍率調査によると、中小企業における大卒求人倍率は9.91倍となり過去最高を記録するなど(参考2)、中小企業における採用活動の状況は厳しく、特に大卒求人においては困難を極めている。
参考1
参考2
一方で2019年4月に株式会社マイナビが発表した大学生就職意識調査によると、中堅・中小企業志向は上昇しており、今までの「絶対大手志向」から、中小企業に少しずつ意識が向けられていることも分かる。(参考3)
参考3
また、学生の企業選択のポイントは、「安定している会社」「自分のやりたい仕事(職種)が出来る会社」が挙げられており、中小企業が大卒を採用するには、財務の安定と希望職種とのマッチングが不可欠な要素であることがうかがえる。また、「安定している会社」を求める学生がいる一方「会社はどうなるかわからないから、早く他社でも通用するスキルと経験を身に着けたい」と考える学生も多く、早くから現場で実務経験を積める中小企業は、学生にとってメリットのある選択肢ともいえる。
また、中途採用において、2015年にエン・ジャパン株式会社が発表した調査結果(参考4)によると、転職希望者が転職を考えた理由で最も多かったのが「給与への不満(44%)」であり、次いで「会社の将来性に不安がある(42%)」「会社の考え・風土が合わない(32%)」「仕事内容に不満がある(31%)」という回答が並んでいる。
転職の際に重視するポイントでは「仕事内容(71%)」で、次いで「年収(62%)」「労働時間・休日数(48%)」「やりがい(43%)」と続いている。
一方で、既存の採用の仕組みにも変化が起こっている。2000年代以降に多大な影響力を持ったリクナビをはじめとした就活ポータルを活用した就職活動方法であるが、最近の傾向では、優秀な学生ほど就活ポータルサイトは使わず、SNSなどを活用しながら自身で直接企業に働きかけたり、インターンシップなどを通じて就職をしたりなど、学生時代からキャリア形成を積極的に行い、自分にあった働き方を考え、それにあった企業を見つけようとする学生も増えてきている。
また、2019年8月には、リクナビが学生の個人データから内定辞退率を予想し、その内容を希望の企業に販売していたことが発覚し問題となっている。このニュースを受け、就活ポータルでの採用活動についてはこれから勢いを失っていく可能性がある。
こういった就職活動の流れの中で、株式会社ディスコが2019年2月に行った調査では、74.9%の企業がインターンシップを実施したと回答し(参考4)、通年採用を積極的に取り入れる企業が増えるなど、今までの新卒一括採用とは異なる採用活動に移行しつつある。
また、転職においても、それまでの「リクナビネクスト」「マイナビ転職」などの転職ポータルサイトではなく「Wantedly(ウォンテッドリー)」「LinkedIn(リンクドイン)」といった、ビジネスSNSと呼ばれるサービスを活用しての転職活動や、Facebookを活用しての転職活動を行うものも増えてきており、現在勤めている会社以外のコミュニティにも所属し、つながりを持っているビジネスマンが増えた結果、以前とは違う転職活動の方法をとるものも増えてきている。
現在は、採用メディアを活用した採用活動が一般化している。「リクナビ」「マイナビ」「エン・ジャパン」「DODA」など、新卒・中途問わず、採用メディアが乱立している。企業の採用活動においては、このような採用メディアに自社の求人情報を掲載し、母集団を集めてから説明会や面接で絞り込みを行っていくことが一般的である。
大まかな流れは「採用メディアへの登録(母集団の確保)」→「説明会の開催」→「選考(面接)」→「内定」→「内定者フォロー」となる。
会社の規模や歴史、業種・業態に関わらず、このフローで採用活動を行っている企業が殆どであり、特に大企業においては「母集団市場主義」の風潮が強いが、中小企業においては予算面などから十分な母集団を確保することは難しいという問題もある。
一方で、「会社に勤めず、なるべく若いうちに独立をして【会社に搾取されない】人生を送りたい」と考える若者もいる。特にIT業界においてはその傾向が強く、2.3年実務経験を積んだら独立をしたり、会社に一度も務めず、学生のうちに会社を設立したりする学生も増えてきている。ランサーズ株式会社が2018年に発表した「フリーランス実態調査2018年版」によると、日本国内のフリーランスは1,119万人、経済規模は20兆円を超え、年々増加傾向にある(参考5)。フリーランスは日本の労働力人口の6人に1人(17%)を占めるまでになっている。本発表を行った「ランサーズ」をはじめ「クラウドワークス」など、「クラウドソーシング」と呼ばれる、インターネット上で不特定のフリーランスに仕事の発注を行えるサービスも増えており、コネクションを持たない物でもスキルがあれば仕事を受け報酬を受け取れる仕組みが確立されたことで、特に参入障壁の低い業界においては、就職をせずにフリーランスとして生計を立てる選択をするものも増えている。
ここまでをまとめると、
・求人倍率は年々上がっており、人材の確保はこれからも厳しい競争が予想される
・しかしながら、完全な大企業志向から中小企業への興味も学生は持ってきている
・「会社が安定している」「やりがいがある」企業への就職を希望する人が多い
・転職希望者は「仕事内容」と「年収」を重視して転職活動を行う
・優秀な人材ほど、会社と自身の生き方とのマッチング率を求めている
・これらの人材確保のため「通年採用」「インターン」に取り組む企業が増えている
・就職ポータル、転職ポータルから、SNSを活用した就職・転職活動をする人が現れた
・自身のスキルを活かしてフリーランスとして働く選択肢を取る人が現れた
といったことが、現在の採用活動におけるキーワードである。
これらを踏まえると、今後の中小企業の採用活動においては、「自社が求める人材を正しく把握」し、「その人材からこの会社に入社したいと選ばれる会社になる」ために改善を行っていく必要がある。そのためには、採用活動においても、自社製品やサービスの市場拡大と同じように、マーケティング的な思考をもって取り組むことが重要である。
各社の採用取り組みアンケート
2019年の8月26日から9月5日にかけて、主に中小企業の経営者を中心に採用に関する意識調査を行った。SNSを中心に回答を募り、111社の回答を得た。
採用活動における年間の予算については、「予算はかけていない」「年間50万円以内」の回答者が全体で約55%となり、採用に費用をあまりかけない企業が大半であることが明らかになった。また、現在行っている採用活動についても「ハローワーク」「リファーラル(紹介)「自社サイト内で採用ページを用意する」といった、費用があまりかからないメディアへの露出を行っている企業が多く、採用にあまり費用をかけようとしない実態がうかがえる。
また、採用計画においては「退職者や欠員が出た場合に採用活動を行っている」「現在の人員で業務が回らなくなった時に増員している」と回答した企業が全体の約50%である一方、「毎年の採用目標を決め実行している」と回答した企業は22%であった。事業計画や売上目標を達成するには、計画的な人材の獲得・育成が必要であるが、大半の企業は、退職・欠員・業務過多などの、人手不足が急を要する状態で場当たり的に採用活動を行っており、また人材を見極めるための時間も限られていることから、適切な採用が行われていない可能性がある。
特にこの傾向は、従業員50名以下の企業において顕著であり、毎年採用目標を決めている企業は90社中15社で約17%しかおらず、10名以下の企業においては回答した30社中、1社も計画を立てていなかった。
企業の発展を考えるのであれば、計画的な採用予定の確立は必要不可欠であり、事業計画に合わせて、より具体的に考えられるべき課題であると考えられる。
また、採用においては「自社の社風と合っているか」「性格」「年齢」「職務経験」を重視している企業がほとんどであった。上述の採用計画と照らし合わせてみると、人手不足の状況ではこの中の「職務経験」と「年齢」がクリアされている人材については採用する流れになる可能性が高くなると推測される。
また、採用活動において積極的にアピールしている部分については「仕事内容」「職場の雰囲気」「理念」「会社の将来性」などが多く挙げられていた。ただし、採用方法として多くの企業が採用しているハローワークやリファーラルにおいて、これらの情報が十分に発信できるか、採用希望者に十分に伝えられているかを考えると、企業と就職希望者のミスマッチが起きている可能性は高い。
また、前述の「企業選択のポイント」では「安定している会社」を求める就職希望者が多いことを考えると、会社の歴史や規模、会社の将来性などをより発信する必要があると考えられる。
中小企業に必要とされる採用活動手法
中小企業においての採用基準においては「職務経験」「年齢」「自社の社風と合うか」「性格」などが重視される。しかしながら「自社の社風と合うか」「性格」といった情報は、短時間の面接だけでは判断することが難しく、また就職希望者にとっても、企業の理念や会社の雰囲気を知ることは面接だけでは難しいため、この情報のミスマッチを少しでも減らしていく試みが重要であると考え、以下の手法が有効ではないかと考えられる。
ジョブ・ディスクリプションの明確化
一般的な企業の採用活動や、採用メディアにおいては「募集要項」が提示される。募集要項は「簡単な仕事内容」「勤怠時間」「勤務地」「給与」「福利厚生」などが記載されているが、これだけでは就職希望者が求める「仕事内容」が正しく伝えられるとは限らない。
そこで、企業ごとにジョブ・ディスクリプションを作成し、明確化することが必要であると考える。ジョブ・ディスクリプションとは「職務記述書」のことであり、ポジションごとに職務内容を明確にするための情報を定めたものである。
具体的には、以下のような項目が記載されていることが多い
・職務の目的やその目標
・職務の責任
・職務の権限範囲
・社内外の関係先
・必要スキルや専門性
・必要経験や学歴
上記のようなジョブ・ディスクリプションを明確に作成することで、求める人材のスキルや、仕事内容のミスマッチを減らすことが出来る。
ジョブ・ディスクリプションだけでは、企業理念や職場の雰囲気などが伝わらないと考えるかもしれないが、業務とは本来、企業理念に沿ったものでなければいけない。企業理念と、実際の業務の剥離が大きければ大きいほど、スタッフが士気を失い、退職していく可能性は高くなる。自社に沿ったジョブスクリプションを企業理念と共に確立することで、自社が本来行うべき業務を見直す機会にもなる。
現在、Amazon、アップル、salesforce、ソフトバンク、dmm、LINE、メルカリなど、優秀な人材が集まる企業では、自社の採用ページにジョブ・ディスクリプションを掲載している企業は多い(参考7)
参考にソフトバンクの営業職のジョブ・ディスクリプションを見てみると
自社のミッションやバリュー、組織として目指すものや、業務の目的や目標、具体的な業務イメージなどについても細かく記載がされている。また、業務内容が、企業理念やミッションと紐づいていることが分かる。一般的な募集要項だけでは、企業理念と業務内容が分断されてしまう場合もあるため、ジョブ・ディスクリプションの作成により、企業と転職希望者のミスマッチを防ぐことが出来る。
ジョブディスクリプションを導入している代表的な会社の採用ページ
短期・長期インターンシップの導入
インターンシップは、企業の社風と就職希望者のミスマッチを避けるために最適の手法である。そのため、現在多くの企業がインターンシップを実施・実施の検討をしている。しかしながら、多くの企業はインターンを「1日」でしか行っておらず(参考8)、一方的な説明会や、形式的な職場見学のみを行う企業も少なくない。これでは会社の雰囲気や企業理念などを浸透することは出来ない。
中小企業が大手と差別化し、新卒の採用を考えるのであれば、1日ではなく3日以上の短期インターンもしくは、2週間以上の長期インターンを検討するべきであると考える。
まとめ
採用競争は年々激しくなっており、
受け身の状態では、いつまで経っても良い人材は獲得できない。
良い人材が獲得できなければ、企業としての成長もない。
「短期・長期インターンの実施」と「ジョブ・ディスクリプションの導入」
の導入を行うことで、就職希望者との情報のミスマッチを防ぐだけでなく
業務内容や企業理念を改めて見直すこともでき、
それによって求める人材の明確化にもつながる。
まずは出来る範囲だけでも実施をしていき、
定期的に改善をしながら、自社にあったものを作り上げていくことが大切である。